発覚から30年以上

人工股関節置換手術をしてもらった病院は諸事情からくる精神科通院だけでなく
30年以上前から「円錐角膜」で診てもらっている病院でもあります。
いくつもまわるのが大変なので整形外科医院に紹介先をその病院にしてもらったわけです。

小学校高学年から近視と乱視が始まりメガネをかけ始めましたが
中学に入学して左目に円錐角膜を発症していることが発覚。
左目のみコンタクトレンズとなりました。
その後中学3年になって右目にも発症していることが発覚。
その時点から大学病院に転院。右目もコンタクトレンズとなり、半年ほど毎週通院することになりました。

大学病院なので当然通院曜日は決まっており、毎週父に車で病院まで朝送ってもらって、
診察が終わってから電車を乗り継いで中学校に通うという生活をしていました。
今考えたら、受験生でよく通えたなと思います。両親に感謝です。

結婚して関東に行くときに装着しているコンタクトレンズを納品している眼科を紹介してもらい転院。
大阪に戻ってくるときにまた転院して元の病院に帰ってきたわけです。

ところで、なぜ「発覚」かというと



いつから始まったかわからないからです。私自身の認識のずれもありました。

「乱視になったらお月様が何個か見える」っていいますよね。
私の場合、昔よく見た文具でプラスチックのプレートに穴が開いていて、穴の縁は歯車みたいになっていて
その穴の中に円形で同じように縁は歯車になっていてペン先を入れられる穴が開いているプレートが
セットになっていたのがあるんですがそれで書いた図形のように
お月様が少しずつずれて一周まわって円になっているようなものがいつからか見えていたんです。
それを「お月様がいくつか見えてる~」ってのんびり思っていたんです。
この時点で左目は発症していたと思われます。
そして中学になっていつごろからかそのずれたお月様の小さいものがもう一つ見えるようになっていたんです。
つまりこの時点で右目も発症していたと…(以下略)

もう30年以上の付き合いですから、今の担当医は幼稚園?なんだろうかってころから。
診察手順も慣れたものです。
担当医も何回も変わりましたし、「インターンに見せてもいいですか」と言われたこともあります。
その時のインターンへの先生の説明から察するに、
症状の進んでいる左目はどうやらこの病気に特徴的なものがわかりやすく出ているらしいです。
「アレルギー体質の人に多いようなので確認検査に協力してもらえますか」みたいなことを言われたこともあります。

今はネットで検索もできますが、当時は当然そんなものないし
メジャーな病気でもないので知っている人もあまりいません。
集団旅行先でめばちこになり、付き添いの医師に見てもらったら見る見るうちに医師の顔色が変わっていったもので
おもわず「眼球は気にしないで、めばちこだけ診てください」っていったこともあります。
「よかった…どうしようかと思った」と大きなため息とともに言われましたが。

即失明するような病気でもないですし、コンタクトレンズで矯正できているのでいいのですが
(と言っても左目はコンタクトレンズ入れても0.1~2)、
正直カスタムメイドのコンタクトレンズ代は高いです。
1枚25000円(増税前…)するんですもの。なのに保険がきかない。何故だ!!!!

もちろんこれ以上症状が進めばコンタクトレンズでの矯正もできなくなって手術になる可能性もあるのですが、
こればっかりは人によるので先生もわかりません。
欠かさず定期検診に来て経過を診てもらうしかないわけです。

さらに、老眼もすでに始まり、その少し前から視力の良い右目には白内障が始まっていますが
昨日その定期検診で相変わらず少しずつ進行しているし、左目にも白内障が出てしまい少しへこんでます。
白内障も進むかどうかは人によります。
とはいえ、今のところ見えている風景にぼやけたり霞がかかったりっていうことはありません。

今後どんな仕事についても定期検診はこれに限らずきちんといきます。
見えなくなったら人生設計やり直しですから。
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by hiyaya-6-gw | 2014-08-05 22:31 | 円錐角膜 | Trackback | Comments(0)

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